人手不足というのは経営者目線であり、ただしくは、安い労働力の不足。
消費者目線、労働者目線、経営者目線という話は面白い。人手不足というのは、そもそも経営者目線。
— マツァ〜 Mattsa (@matsantique) February 23, 2022
【労働力】ひろゆき「日本人の働き手はいるんすよ」給与が上がらないのは外国人に頼るから?外国人労働者の在留期限の撤廃検討から考える|#アベプラ《ア... https://t.co/CCXkrdMAaT @YouTubeより
youtubeのabema TVで面白いなぁ~と感じたんだけど、日本における労働力不足って、経営者目線での話だということだった。経営者として、安い労働力が不足しているということだ。これはひろゆきだけでなく、専門家(評論家?)も同意見だった。
岐路に立つ日本
一方で、少子高齢化により生産人口が減ってきている日本。日本は岐路に立っていると、abema TVでは表現されていた。外国人労働者(安い労働力)を他国から迎える方向性とするか、外国人労働者には頼らない方向性を模索するか。
ひろゆき氏は、単に安い労働力を目的に外国人労働者を受け入れることに意味があるのか?ということを指摘していた。安い労働力を入れるくらいならば、日本で職からあぶれている人を雇用するか、機械化を進めた方が良いのでは?とのことだった。すなわち、外国人労働者に頼る必要性はそもそもないというような考え方だ。
(田端信太郎氏の意見で、)消費者目線という考え方もあった。消費者が求めている価格とサービスについて、例えば、アルバイト全員を日本人で固め、400円の牛丼が500円の牛丼になったら、消費者はその牛丼を求めるのか?という点だ。
視点が違えば意見は合わず・・・このYoutubeではそんな印象を受けた。
現実。今、日本が向かうところ。
事実として、政府は外国人労働者に頼る方向に舵を切っているように思う。これは日本の経営者が求めていることだろうから(選挙に影響するのだろうから得票のためにも)、その方向になるのはある意味必然なのだろう。
いずれにせよ、これからの日本を生きる子供たちは、安い労働しかできないようだと職からあぶれてしまうという現実に直面するのだろうと思う。安い労働は外国人から、あるいは機械化されてしまってどんどんなくなっていく。
私の意見だが、「高い労働」とか「生産性が高い」とかで表現される仕事の総数ってそれ程多くない気がする。実際に、生産性が高い仕事って少数精鋭だ。みんながみんな、そういった仕事にありつけないし、ありつけたとしても高スキルでないと結局仕事を継続することが難しくなってしまう。
子供の未来をどう考える?
子供の教育について考えると、子供がいわゆる「生産性が高い」仕事に向いているか否かを親がある程度見極めてあげる必要があるように思う。生産性が高い仕事に就けなくてもサバイブできるような方策を伝授することが親の役目なんじゃないだろうか。例えば、みんな医者を目指す必要はないよねってことを私は言いたい。
じゃぁ、自分の子供が生産性の高い仕事に向いてない場合の、具体的な方向性はなんなの?ってことになるんだけども、なんとなーく考えつくのはエッセンシャルワーク(必要不可欠な仕事)と表現される類の仕事なんじゃないかなーと。人間の社会を構成し、うまく歯車を回すには協力しあうことが大切な訳で、「協力すること」に当てはまる仕事であれば、人から必要とされ、孤独を免れ、充実感をもって子供が生きていくことにつながるんじゃないだろうかなぁと。
まだ思考が整理されていなくて具体的じゃないですね・・・私自身、子供と一緒に模索していきながら、またいろいろな方々の取り組みを勉強させていただきながら確たる方向性を見つけられたらなぁと思う。